劇場の再生機器を考える


 劇場で使用される再生機器は、音響卓と並んでオペレーターが直に操作するという点で、音響システムの中でも大事な装置です。再生機器の性能は、オペレーターの手腕と共に、舞台の音響効果の質を決する重要な要素となります。
 もし本番中に再生機器に障害が発生し、音が正常に再生されなければ、演出面でマイナスになるばかりか、舞台の進行そのものを危うくする事態にもなり兼ねません。基本性能が大切なのは勿論ですが、現場では "使い勝手" も重視されます。

 劇場では舞台の進行に合わせ、"きっかけ" 毎に音を再生開始します。音響プランに従い、決められた順番に再生してゆくのが普通です。時にはアドリブあるいは不測の出来事などで順番が前後する場合もあるので、即応できる柔軟性も必要です。

  立て込んだきっかけに対応し、また幾つもの音を同時に再生するために、複数台の再生機器を使用するのが通例です。演目にもよりますが、最低でも2〜3台、多ければ6〜7台を超えることもあります。


客席内に仮設の音響オペレート席/本多劇場 2004.12

■ これまでと現状

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3M/#111 録音テープ

 1990年代迄は、劇場の再生機といえばオープン・テープ・レコーダーが主役でした。再生だけでなく録音から編集まで一連の過程を担っていました。編集は手切りによります。1997年開館の新国立劇場、世田谷パブリックシアターには、オープン・テープ・レコーダーが備えられております。因に1982年開館の本多劇場の音響室には、レコード・プレーヤー (円盤再生機) がありました。
 
 しかし、'79年にサンプラー、'82年にCD、'87年にDAT、'88年にCD-R、'92年にMDが次々と製品化され、これらデジタル機器の台頭により、様相は変わりました。
 従来は音響・写真・映像などは、分野毎に固有の記録媒体をもって発達を遂げてきました。しかし近年のパソコンの急速な発達とデジタル化の進展によって、媒体の共通化が進んでいます。CD-RやDVD-Rには、音楽も画像や映像も記録することが出来ます。

 一方でデジタル化は、ネットワーク用に発達したデータ圧縮技術を過度に蔓延し、低品質の音声ファイルを増長して、無用の音質低下を招くという弊害ももたらしました。

●【録音再生関連年表】 録音再生関連項目を年表にまとめてみました。
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参考資料 : 『オーディオ50年史』 日本オーディオ協会 (1986)
『コンパクトディスク その20年の歩み』 CDs21ソリューションズ (2005)
ほか関連ウェブサイトによる

参考資料 : 『舞台効果の仕事』 園田芳龍 (1954)
『わたしの音響史』 岩淵東洋男 (1981)
ほか関係者への聞き取りによる


■ オープンからデジタルへ

 商業劇場の一部などでは、今なおオープン・テープ・レコーダーが稼働してます。しかし二十世紀の終焉と共に、オープン・テープは、その歴史的役割を終えたと言っていいでしょう。2007年にはAMPEXの磁気テープ製造部門を引き継いだ米Quantegy社が生産を終了し、現在オープン・テープの生産をしているのは、米欧に数社を残すのみとなりました (国内メーカーは2003年の日立マクセルを最後に撤退)。

 現在、劇場の再生機器には、CD-R、MD、MO、ハードディスク、フラッシュメモリーなど多様な記録媒体を用いた物があります。いずれもデジタルで、アナログ方式は衰退しました。技術の変転や盛衰が激しく、短命に終わった媒体もあります。

USB

audio
元資料:日本記録メディア工業会

BNC

 デジタルの優位な点は、音質 (顕著なのはSN比) の他に、原理的に演奏時間が安定するところです。デジタル方式は、時間軸を高精度のクロック信号で標本化します。速度偏差やワウフラッターは、感知レベル外となります。演奏時間の表示もお手の物です。また左右2チャンネルの信号ケーブルが1本で済むのも利点です。

 デジタルには、固有の技術や問題があります。デジタル信号を扱うには、クロックのマスター/スレーブの確立、フォーマットの統一/変換、レイテンシー、ジッター、ディザーなど特有の概念やノウハウが必要となります。ケーブルは、高周波 (数MHz) に対応した専用のものを使用します。

 


■ 近年の動向

 オーディオ記録媒体の近年の動向としては、アナログからデジタルへの大きな流れのほかに、磁気媒体の減少、テープからディスクへの変移、脱モーター化などがあります。

 CD-Rは書換え不能で、当初その普及が疑問視されましたが、低価格化が進み、オーディオ用としても多くの需要があります。
  ここ数年メーカーの業務用MDプレーヤーからの撤退が相次いでます。


USB

●【国内における主な記録媒体の推移】
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※レコードと音楽CDは生産量、他は需要
※2008年以降は一部推計を含む


元データ:日本レコード協会/統計
     日本記録メディア工業会/統計

・レコードはLP、EPの合計
・CDはシングル、アルバムの合計
・カセットテープとMDは録音用
・CD-Rはデータ用とオーディオ用の合計、CD-RWを除く
・DVD-Rはデータ用、DVD-R/+R、DVD-RW/+RWの合計

■ パソコンの普及

 


Audio Media II

 

 

 

 パソコンによる音楽編集は、1990年代後半に大きく普及しました。先駆けとなった米デジデザイン社 (現AVID社) は、'89年にSound Designer II を、'94年にPro Tools III を、'97年にPro Tools|24 を発売しています。2000年頃Macintoshに加えてWindowsにも対応し、録音スタジオ中心に浸透しました。

 劇場での音響再生において使用するパソコンには、大きく分けて二つの役目があります。一つは、ハードディスクやメモリーに録音された音声の再生を制御する。もう一つは種々の再生機をスタートしたり、MIDI信号でサンプラーや卓の設定を制御することです。後者に特化した製品としては、サウンドクラフト エンジニアリング社の "きっかけ君" があります。前者の機能を持つ製品やソフトウェアも多数あります 。
(例:独A!Tec社 EventDriver、日本音響機器産業 List4+、独Ableton社 Live、米Stage Research社 SFX、豪Show Cue System社 SCS)

  パソコン・ベースのシステムは、録音・編集からファイル管理、音の再生開始まで、統合的一元的に運用出来るのが強みです。またデジタル卓との連動性が良いのも特長です。しかし信頼性確保のためにシステムを二重化するなどの配慮が必要です。
 近い将来、ハードディスクに替わりSSD (ソリッド・ステート・ドライブ) が普及すれば、信頼性や静粛性が格段に高まり、舞台音響の首座を占める日も近いでしょう。

■ 再生機器に求められる機能と性能

 劇場で使用される再生機器には、2チャンネル機と、歌のカラオケやサラウンド目的に用いられるマルチ・チャンネル機があります。

 再生機器に求められる点を列挙してみます。
(1) 音の頭出しが可能で、即座に再生開始でき、待機中にスリープしない
(2) 操作性
(3) タイトルの文字表示
(4) 静粛性
(5) 可搬性
(6) 信頼性
(7) 記録の耐久性、保存性

DN-H4600N
DENON/DN-H4600N

MAGNECORD/M30

 (1) の頭出しは、オープン・テープでは手動もしくはセンサーで行いました。リールの慣性が大きく、シーケンシャル・アクセスなので、即動性という点では劣ります。CDやMDの再生機では、"AUTO CUE"の機能により、頭出しが自動化されました。トラックの頭で自動停止する"AUTO PAUSE"と違い、音声レベルを検出するところがミソです。ただしディスクでは、検出のために一定の時間が掛かります。音の再生開始を円滑に行うために、音頭をRAMに取り込むものもあります。
 (2) は、操作ボタンの配置・大きさ・感触などが関係してくる部分です。一部の機種では、"PLAY"と"PAUSE"が共通のボタンで、交互に動作するものがありますが、誤操作の元になるので敬遠されます。こういう場合はリモコンを使って回避する手があります。また暗がりで操作出来ることも重要です。
 (3) は、MDでは常備の機能です。CDでは1996年に規格書に"CD-TEXT"が追加されました。CDプレーヤーの一部がこれに対応しています。タイトルと演奏時間は同時に表示されることが望ましいですが、機種によっては一々呼び出さないと表示しないなどまちまちです。
 (4) は、客席での使用もあるので大切な要素です。そもそも騒音が大きくては、精密なオペレートが出来ません。操作音の他、空冷ファンの静寂さも必要です。

■ 記録媒体の寿命と今後

 前記の (7) は、再演に備える意味合いもあります。オープンテープは、保管状態にもよりますが、20年前後を過ぎると磁性面や接合個所の剥離が見られるようになります。光ディスクは開発から日が浅く、その寿命は実証されていません。加速劣化試験などで研究が進んでいます。

 技術革新の激しい昨今、再生機器が生産終了となり、将来再生不能になることも考えられます。パソコン関係でも状況は同じで、OS (オペレーティング・システム) やフォーマットの変転が激しく、憂慮されるところです。音楽出版社や放送局でも、膨大な音声資料をどういう媒体やフォーマットで残すのか、模索しながら進めているのが現状です。
 ここ暫くは、リムーバブルの記録媒体を含め、混戦模様が続きそうです。

pionia
パイオニア/16層400GB 光ディスク

(全国公立文化施設 技術職員研修会資料より/2009・3)


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