■ 書籍紹介
『驚異の小器官 耳の科学』 杉浦彩子著

 『音のなんでも小事典』『感覚器の進化』など音や聴覚に関する本も出ている「ブルーバックス」からの一冊。著者は耳鼻咽喉科の医師で、類書にはない切り口が新鮮です。

 第1章から第3章は、音と耳にまつわる幅広い内容がバランスよく書かれています。第4章と第5章は耳鼻科医ならではです。耳の病気/耳垢/耳鳴り/補聴器について多くの紙数が割かれています。心理、物理、病理はもとより文化、芸術、スポーツ関連の話題も抱負で飽きさせません。


 以下本書によれば、通常耳垢は、マイグレーション (移行) という全身の皮膚の中で外耳道だけが持つ機能により、内から外へ運ばれます。速度は一日当り0.1mm以下と非常にゆっくりです。しかし何らかの原因で耳垢が溜まると、「耳垢栓塞」という名の病気となります。外耳道が完全に塞がると30dBもの聴力低下をもたらすそうです。

【本書の目次 】
第1章
聴覚ってなんだろう
第2章
耳はなぜ耳の形をしているのか
第3章
聞こえの不思議
第4章
病気からみた耳

第5章

耳垢と耳掃除の科学


 耳垢には湿性と乾性があり、この形質は湿性を優性とする遺伝により決定されます。乾性は突然変異により現れたもので、ヒトの大多数は湿性です。黒人の99.5%、白人の90%以上が湿性と言われています。黄色人種は乾性の率が高く、日本人はその8割以上が乾性。

 もともと縄文人は湿性、弥生人は乾性で、遺伝子の地域別の分布を調べると、弥生人の渡来拡散の経路判定の拠り所となります。湿性の割合が他県に比べて特に多いのは、岩手、宮城、富山、山梨、島根、広島、佐賀、沖縄です。


 補聴機能付きの王座  (ポルトガル 1819)


 補聴器も近年デジタル化が進んでいます。マイク、増幅器、スピーカを極小型化し、それぞれ形の異なる耳に装着。さらに個々の症状に合わせて両耳の均衡を図りながら多種微細な調整を施さねばなりません。音響装置として最高度の品質性能が求められる製品の一つです。帯域の多分割化も追求され、最多では48チャンネルに達するそうです (シーメンス製)。高級品は何と片耳が50万円です。

 ほかにも「外耳道真珠腫」「耳硬化症」「鼓膜穿孔」など禍々しい耳の病名が登場します。音響を生業とする私達としては、これらへの罹患は避けたいところです。

※関連ウェブサイト:補聴器愛用会

書名
空驚異の小器官 耳の科学
叢書名 ブルーバックス
著者
杉浦彩子 (すぎうら さいこ)
発行所
講談社
発行日
2014年10月20日
判型
新書判 224頁
定価
860円 (税別)
ISBN

978-4-06-257884-4



(ステージ・サウンド・ジャーナル 2015年3月号より)