■ 書籍紹介
『音のイリュージョン 知覚を生み出す脳の戦略 柏野牧夫著

illusion

 イリュージョンと聞くと「幻影」とか「幻想」、あるいは「奇術」を連想しますが、ここで言うイリュージョンは「思い違い」「錯覚」のことです。書名を訳せば「音の錯覚」です。

 目の錯覚は「錯視」と呼ばれ、エッシャーのだまし絵などを思い起こす方も多いでしょう。これに対して耳の錯覚「錯聴 (auditory illusion)」は、それほど馴染みがありません。本書に出てくる用語を見ても、音素修復、音脈分凝、マスキング可能性の法則、定位残効……と、聞き慣れないものが多いです。

 ところが強力な助っ人があります。NTTコミュニケーション科学基礎研究所の運営するウェブサイト『イリュージョンフォーラム』です。以前CD-ROMで発売していたマルチメディアコンテンツを公開し、2010年3月に全面改訂されました。

 著者は聴覚分野の主任で、本書はこのサイトと連携しています。

【本書の目次 】
第1章
存在しない音が聞こえる
第2章
声は壊れにくい
第3章
同じ音が違って聞こえる
第4章
空間が伸び縮みする

第5章

時間が歪む
第6章
高い音が低く聞こえる
第7章
音を見る、光を聞く

 知覚心理学でよく知られた現象に「マガーク効果」と「腹話術(師)効果」があります。両方とも、視聴覚の情報統合における視覚の優位性を表しています。
 反対に聴覚の優位性を表す「ダブルフラッシュ錯覚」という事例があり、これらも紹介されています。

 百読は一聴に如かず。当サイトを訪ねると、自分の耳や目を疑う多くの具体例を体験できます。

 感覚は受容した刺激を脳が情報処理することに依って生じます。本書は錯覚を通して、知覚のメカニズムを解明し、脳の機能の本質に迫ろうとするものです。「錯覚は,知覚を生み出すための脳の巧妙な戦略の表れであるとも言える」と書かれています。

 著者は、聴覚の心理物理学と認知神経科学が専門で、現在は東京工業大学大学院の教授でもあります。幼少期からの電気工作と歌謡曲好きが昂じたという。

書名
音のイリュージョン
著者
柏野牧夫 (かしの まきお)
叢書名
岩波科学ライブラリー
発行所
岩波書店
発行日
2010年4月23日
判型
B6判 115頁
定価
1,200円 (税別)
ISBN

978-4-00-029568-0

(ステージ・サウンド・ジャーナル 2011年3月号より)