■ 音盤紹介
『過去との遭遇』(CD)

原盤のLP

 このCDには20人以上の歴史上の人物の声が収録されている。織田信長で始まり、豊臣秀吉、徳川家康…と続く。「えっー」と思われる方もあるだろう。音の記録/再生が可能になったのは、1877年のクロ(仏)とエジソン(米)の発明以来である。収録の声は、録音ではなくコンピュータの合成によるものである。

 生活の中でも合成音を聞く機会は多い。しゃべる自販機や、バスの車内放送、電話の自動応答などである。未だ未だぎこちなさを感じるが、進歩は著しい。ネット世界では初音ミクら「ヴォーカロイド」達が活躍する時代である。"話す"よりも"歌う"方が格段に難しいのは、生の声と同様である。

 特定の個人の声を合成したものを、モンタージュ ヴォイスという。これは、三つの研究成果を土台にしている。声と顔立ちの相関関係の研究、声紋、そして合成装置である。

 ファントの法則によれば、ヒトの身長と声の高さは反比例する。つまり背の高い人ほど声が低い。ジャイアント馬場が好例である。近年平均身長の伸びに伴い、とりわけ日本人女性の声が低音化しているという。

 声は、呼気による声帯の振動が口腔や鼻腔で共鳴したものである。舌や口唇の動きによって変化する。口腔や鼻腔の大きさや形は、目から下の顔面骨 (鼻骨・頬骨・顎骨など) の構造で決まる。顔立ちと声が相関するのはこのためである。

声紋 (ヴォイス プリント) の例

絵画「モナリザ」の測定

 頭部のレントゲン写真があれば顔の骨格が分る。写真・肖像画・銅像なども手掛かりとなる。"モナリザの声" の場合は、絵画の測定を基に、頭蓋骨の立体模型を作製して採寸。完成するのに、2週間を要したという。

 声紋 (ヴォイスプリント) は指紋と同様に一人一人異なる。本人と他人を識別できるので、犯罪捜査や個人認証に利用されている。音響スペクトログラフという音の周波数別の強弱の時間的変化を図像化する装置を用いて分析される。

 性別・年齢・顔形・身長などを、相当の確度で特定できる。さらに、体調や緊張度、出身地や職業などを推定できる。声色を変えても不変の要素がある。

 「あれー」と思われる方もあるだろう。収録された声の信憑性である。本物を聞いた人は居らず、検証の仕様がない。この点を意識してか、タレントの芳村真理の声をモンタージュしている。しかし本物があれば、似せて作ることも出来るわけで、信憑性を保証するものではない。"縄文人" や "三億円事件犯人" も登場するが、尚のことである。 原盤のLPは 1978年発売 (WX-7020)。
 
 著者の鈴木松美氏は、警察庁科学警察研究所出身。2002年に玩具メーカーのタカラと共同で、犬の鳴き声翻訳機『バウリンガル』を発明。イグノーベル平和賞を受賞。日本音響研究所所長。

題名
過去との遭遇
制作
鈴木松美
ナレーション
宮内鎮雄
解説
南 葉二
発売元
日本コロムビア
発売日
1993年11月21日
CD番号
COCF-11294
定価
3,000円 (税別)

※参考文献 『音の犯罪捜査官』 鈴木松美  徳間書店 (1994)
      『日本人の声』 鈴木松美 洋泉社 (2003)
      『誰も知らない声の不思議・音の謎』 鈴木松美  講談社 (2004)

(aip 20号より・2012年7月)